インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-KOCA編
創業者と、インキュベーション施設のマネージャー(以下IM)のお話を通じ、「インキュベーション施設を拠点にビジネスをすると、どんなことが起きるのか」を具体的に探るインタビュー。
今回は、2020年10月に創業されたばかりのハタノ製作所 波田野哲二さんと、波田野さんが入居される東京都認定インキュベーション施設『KOCA(コーカ)』のインキュベーションマネージャー松田和久さんにお話を伺います。
KOCAは、今までにないクリエイションに挑戦しようとするプロフェッショナルが集まり、お互いに刺激を与え合い、創作に没頭・集中するためにつくられたインキュベーション施設。梅屋敷駅からほど近い京急線高架下で、80名ものメンバーのものづくりと事業を加速させています。
波田野さんは、2019年4月にKOCAへ入居。前職では溶接工として「TIG溶接(タングステンと不活性ガスを用いた溶接)」の技術を10年間磨き、2020年10月にハタノ製作所を創業。個人事業主として活動をスタートさせました。
ハタノ製作所 代表 波田野哲二
1986年東京都大田区生まれ。工業高校卒業後に一般企業で5年、大田区の溶接工場で10年勤続後、創業。
TIG溶接を主とした金属加工を行い製造業の仕事に加え、デザイナー・アーティスト向けに金属製品の少量受注生産及び工場見学&溶接体験の受け入れを行なっている。デザイナーユニットYOCHIYAと協働し、溶接の繊細さを活かしたプロダクト「SUS 50A」を開発。
おおたオープンファクトリーをはじめとした大田観光協会の各種イベントに協力。町工場の若手職人を集めたコミュニティを作り、自身が主催する「#町工場LT」で要素技術の魅力を伝える活動を行っている。
キャッチコピーは「人を繋ぐ溶接工」。
株式会社@カマタ共同代表 松田和久
1985年北海道生まれ。国内外の建築設計事務所勤務の後、2015年に帰国・独立をきっかけに大田区蒲田のシェアオフィスで設計事務所UKAWを創業。
その後、町工場をはじめとした、大田の人々とのネットワークを培う中で、オフィスをシェアしていたメンバーらと、「点在するリソースを繋ぎ合わせ、エリア全体をクリエイティブな環境に変えること」を目標として、株式会社@カマタを設立。シェアオフィスやギャラリー、地域のイベントの企画・運営を行う。
2019年に京浜急行高架下にKOCAをオープン。IMとしてデジタルファブリケーション機材活用のサポートや、日々の運営を行いつつ制作活動を行っている。
https://www.ukaw.jp/
TALK1 「仲間まわし」の可能性を広げるハブを拠点に、独立を決断。
TALK2 入居初日の出会いから生まれた「新しいものづくり」
TALK3 自分たちの居場所は、自分たちで面白くするのがKOCA流。
――創業おめでとうございます! 今回、個人事業主の溶接工として独立されたきっかけについて教えてください。
波田野さん:ありがとうございます。独立まで約10年、溶接工として町工場に勤めていたのですが、業務改善をしたくても現場に浸透させられなかったことが背景にあります。
自分の力不足を感じてもどかしい時期が続きましたが、工場見学を受け入れるイベントを通じて他業種の方と出会ったり、クリエイターの方とのものづくりに挑戦したことで、「自分にできることがもっとあるはずだ」と信じられるようになって独立を決めました。
――KOCAへ入居されたのは、独立の1年半前なんですね。
波田野さん:2019年4月のKOCAオープンと同時に入居したので、私は一期生ですね(笑)。入居のきっかけは、KOCAを運営する@カマタのメンバーとすでに出会っていたことです。@カマタは、IMの松田さんも一員のクリエイティブ集団。数年前、おおたオープンファクトリーという工場見学イベントで彼らと出会い、「まちをクリエイティブにしようと、真剣に考えている人たちが大田区にいるんだ」と感銘を受けました。KOCA立ち上げの話を訊いて、彼らのプロジェクトなら面白いことが起こるに違いない。関わりたい! と入居を申し込みました。
松田さん:でも、KOCAには波田野さんが専門とする「TIG溶接」の設備がないんです(笑)。大田区には金属加工の町工場がひしめきあっているので、他の工場との協働のきっかけとなるよう3Dプリンターといった先進的な機器を導入しています。
波田野さん:そう、溶接できないんです(笑)。なので、今はKOCAを打合せや事務作業の場として使い、大田区の京浜島に作業場を借りています。大田区には、ひとつのプロダクトを近くの工場同士の連携で完成させる「仲間まわし」という文化があります。だから、KOCAの立ち位置も自然で、仲間が一人増えた感じです。
[左:京浜島に借りる作業場での金属加工の様子] [右:茶筒「SUS 50A」は溶接で出るそのままの色味を活用。アンティークな仕上がり]
――創業を希望される方に向けて、KOCAではどんなサポートをされていますか?
松田さん:ものづくりに取り組まれる方が多いので、つくりたいものを形にするサポート、できたものの売り先提案に力を入れています。「つくりたいものはあるけど、つくり方がわからない」というご相談からスタートすることも多く、プロセスをアドバイスしたり、KOCAの機械を使う場合は使い方もお伝えします。KOCAでは完結できないものづくりの場合、これまで培ってきた町工場とのつながりを活かします。あくまで、KOCAはものづくりネットワークのハブ。大田区全体でクリエイターの発想を形にしていくイメージです。
波田野さん:私は、昨年から2年連続でKOCAの創業セミナーを受けました。ものづくり系スタートアップの先輩方から、大変だったことや失敗談も含めて教わって。
松田さん:失敗談のような、有益だけどあまり表に出ない情報を提供したかったんです。また、@カマタには経営や融資の専門スタッフがいるので、創業を希望される方からよくご相談いただいていますね。
波田野さん:私も、法務、税務の知識はもちろん、事業計画書の書き方から教わりました。アドバイスを受ける中で「自分が本気で目指すもの」が見えてきて、それが経営理念の基礎となりました。
――波田野さんがKOCAに入居してよかったなと感じられたことはありますか?
波田野さん:一番は、ものづくりに想いを持っているメンバーさんと一緒にものづくりに取り組む機会ができたことです。プロダクトデザイナーユニット「YOCHIYA」のお二人と茶筒「SUS 50A」をつくりました。YOCHIYAさんとの出会いは、KOCA入居日。2Fの個室に入居された彼らを、松田さんが紹介してくれたんです。
松田さん:インキュベーション施設で「入居者さん同士のご紹介」って当たり前なんですけど、かしこまらず自然につながりが深まるような紹介は心がけています。こんなことしたいとか、こんなことに困っているという話を訊いたら、できるだけ良い縁になりそうなメンバーさんをおつなぎしますね。
波田野さん:YOCHIYAさんは、TIG溶接の際にできる「焼け」の色を美しいと言ってくれました。本来、製品に不要な焼けは、ディスクグラインダーなどを使って消してしまいます。それを、焼き物の釉薬のようで和の美しさを感じると。
私も「これまでと違うものづくりをしたい」という強い想いを持っていましたし、YOCHIYAさんも、ものづくりの技術や仕組み、技術者である私自身の考えにも関心を持ってくれました。定例ミーティングはいつもワクワクして、試作にも前向きに取り組めました。
松田さん:そのワクワクが次々と生まれるのがKOCAらしさだと思っていて、2020年の2月頃から、KOCAでもクラブ活動をはじめました。入居者の有志でチームを組んで、新たなプロダクトを生み出す活動です。「ものづくりのプラットフォーム」を自称するからには、やっぱりアウトプットが必要だと感じ、波田野さんにもお声がけしました。
波田野さん:チーム決めがあみだくじで笑いましたね(笑)。そんな遊び心あるものづくりに取り組めること自体が新鮮だったのですが、チームメンバーの持つ技術や考え方を細かく知る機会になり、他のプロジェクトにもつながりそうです。
松田さん:完成したプロダクトは展示会に出展し、KOCAのECサイトで販売する予定です。町工場はBtoBのビジネスが多く、プロダクトを生み出しても販売ルートを持たないケースがほとんど。プロダクトを届けるところまで自分たちでできたら、町工場の未来が見えてくるはずです。
波田野さん:販売にはいつかチャレンジしたかったので、KOCAさんの知見を借りながら進められるのはありがたいです。
――KOCAは、地域とのつながりも深い場所なんですね。
波田野さん:KOCAができる一年前から「ラウンドテーブル」というイベントが開かれていたことが、地域に根付いた理由かもしれません。KOCAがどんな場であるべきか、どんな施設だったら町のためになるかをテーマに、町工場の職人、デザイナー、周辺住民が集まって一緒に考えるイベントで、私も参加していました。
[感染症拡大前に実施したイベント「ラウンドテーブル」]
松田さん:場に関わる可能性がある人たちと一緒に考えよう、一緒につくろうという姿勢は大切にしてきました。KOCAにも屋外スペースをつくるなど、多くの方が集まりやすいインキュベーション施設としての特色が出せたと思います。
今は、地元の方もカジュアルに集まれる場として、「カマタフライデー」というイベントを40回ほど開催しています。あえて「辛いものを食べよう」みたいな軽いテーマも設定したり、ときには今つくっているもののプレゼンをしたり(笑)。毎回、半数ほどは新規の方で、新たな動きが生まれるきっかけになっています。
波田野さん:子ども向けのイベントとして「こどもコマ大戦」のコマをつくったり、椅子や自分の3Dフィギュアをつくったりされていましたよね。私も、こういったイベントを企画してみたいです。
松田さん:大田区はものづくりの町と言われますが、住民の方にとって町工場は案外遠い存在。少しでも町工場のものづくりに触れる機会をつくり、町工場と住民の方の橋渡しができたらと思っています。細かいところですが、外のベンチや看板も大田区の職人さんがつくってくれています。ベンチは波田野さん作。今やKOCAの有名人です(笑)。
また、3ヶ月に1回は展を開き、地場のものづくりを紹介しています。大田区にも、面白いプレイヤーがたくさんいるんだと伝えたいですね。
――では、KOCAのこの先についてお聞かせください。
松田さん:まずはこれからも、地域のリソースを活かした「ものづくりのプラットフォーム」でありたいです。ただ、オープンから1年半経ち、KOCAをきっかけに思わぬコラボレーションが生まれたり、世界的に活躍するアーティストが実は大田区と縁があることを知ったりと、予想外のことも起きてきました。さまざまな分野で活躍されるみなさんがリソースと考えると、ものづくりにこだわりすぎなくてもいいのかなという気がしています。
波田野さん:IT系の方や、創業前の方が入居されたら、また違った刺激を受け合えそうです。
松田さん:余談ですが、波田野さんのように、自分の事業以外にも視線が向く人は、起業してからも成長されている印象があります。新しいものづくりには、これまでにないインプットが必要。メンバーさん同士が気軽に話したり、展示を見られる環境が、豊かなアウトプットにつながるのかなと思います。
波田野さん:それはありますね。異分野の方の意見がヒントになることは多いし、単純に、自分の知らない世界に触れられることは楽しいです。私は、空いていたら必ず、KOCAの2階へ上がる階段脇に座るんです。メンバーさんにも必ず挨拶できるし、来客の方への挨拶をきっかけに名刺交換することもあって、ふとしたときに思い出してもらえる(笑)。
松田さん:席にこだわってたなんて知らなかった(笑)。でも、大事なことですよね。
――(笑)。素晴らしい心がけですね。では、独立された波田野さんが取り組みたいことについても教えてください。
波田野さん:まずは事業を軌道に乗せること。これまでの町工場とのご縁からいただけるBtoBのお仕事に懸命に取り組みながら、クリエイターの方とともに新しいものづくりに力を入れ、一般の方に届くプロダクトをつくりたいと思います。フットワーク軽くものづくりの境界を越えて、価値を生み出していきたいです。
――創業を考えている方に伝えたいことはありますか?
波田野さん:近しい人に「いつか創業しようと考えているんだけど」と、話してみることをおすすめします。ある人は「君なら出来るよ!」と応援してくれますし、ある人は心配してくれる。その反応で、自分には見えていなかった自身の価値や、逆に足りないところもわかるんです。決断するのは自分ですが、じりじりと時間をかけて幅広く意見を訊くことで、ただの思いつきではない創業に踏み切れるのではないかと感じています。
だからこそ私も、創業希望者が相談しやすい人でありたい。この記事を見て「話してみたい」と思われた方がいたら、遠慮なく連絡してほしいです。特に町工場では、職人は長く、同じ場所で技術を磨くことが良いこととされてきました。もちろん良い側面もありますが、ステップアップするための転職を応援し合う、IT業界のような文化があってもいいのではないかと思っています。自分で働き方、生き方を決めようと覚悟をした人を、支援できる存在になりたいです。
ハタノ製作所 大田区京浜島2-13-3 城南工業株式会社内
KOCA 大田区大森西6-17-17
※ 本レポートは、対談実施当時の情報を、レポートとして掲載したものです。実際に施設のご利用をされる場合は、各施設にお問い合わせください。
※認定インキュベーション施設は、優れた創業支援を行う計画を定めた施設を、東京都が認定した施設です。東京都中小企業振興公社は、認定インキュベーション施設のうち要件を満たす施設に対し、施設を整備する際の補助金などを交付し、事業の充実を支援しています。