インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-
CASE Shinjuku編
創業者と、インキュベーション施設のマネージャー(以下IM)のお話を通じ、「インキュベーション施設を拠点にビジネスをすると、どんなことが起きるのか」を具体的に探るインタビュー。
今回は、学生起業を経験し、現在も東京都認定インキュベーション施設『CASE Shinjuku』に入居されている安川要平さんと、コミュニティマネージャー森下ことみさんにお話を伺います。
CASE Shinjukuを利用する 先輩起業家 安川要平さんのストーリー
CASE Shinjukuは、高田馬場駅から徒歩1分の好立地にあるコワーキングスペース・シェアオフィス。完全個室オフィスも備え、独立・起業を目指す方から、4~5人までのチームで事業拡大を志すスタートアップやベンチャーにとって最適なワークスペースです。安川さんは、2014年5月にCASE Shinjukuへ入居し、現在も事業の拠点とされています。
安川さん自己紹介
YassLab (株) 代表取締役。(⼀社) CoderDojo Japan 代表理事。未踏ジュニア PM。早稲⽥⼤学情報理⼯学科卒 (修⼠)。⽶国留学中に開発した震災対策アプリのヒットを契機に、完全リモートワーク制の会社『YassLab』を創業。Railsチュートリアルなどのオンライン学習サービスを開発し、筑波⼤学や琉球⼤学、AIITや⼯学院⼤学などで採⽤される。IPA認定未踏スーパークリエータ、TEDxRyukyuスピーカー、Developers Summit 2018 U-30 代表。全国に222ヶ所以上ある⼦どものためのプログラミング道場『CoderDojo』を⽇本で始めた1⼈であり、U-17 未踏プロジェクト『未踏ジュニア』の共同発起⼈。
森下さん自己紹介
1963年生まれ 広島県生まれ
大学卒業後、結婚を機に上京。1998年12月、全国の自治体に先駆け三鷹市が設置した三鷹市SOHOパイロットオフィスのオープン時からシェアオフィスの受付を担当。2004年3月、当時の受付スタッフ3名で有限会社そーほっとを設立。現在、 シェアオフィス&コワーキングスペースCASE Shinjukuのほか、三鷹市SOHOパイロットオフィス、新宿区立高田馬場創業支援センターの、三つのシェアオフィスの管理運営、東京都 女性・若者・シニア創業サポート事業地域アドバイザー等を務める。また、地域WEBメディア「高田馬場経済新聞」で 創業者の新たな取り組みや高田馬場・早稲田・目白エリアの情報発信を行っている。
――最初に、安川さんのお仕事について教えてください。
安川さん:2012年にYassLab(ヤスラボ)を創業しました。今、メインで提供しているのはRailsチュートリアルやRailsガイドといったWebサービス開発が学べるサービスです。プログラミングの基本を学んだ方の、「自分が思い描くWebサービスをつくりたい」、「仕事としてWebサービス開発に関わりたい」、「講義や研修の教材として使いたい」といったご要望にお応えしています。
もうひとつ、7歳から17歳を対象とした非営利のプログラミング道場「CoderDojo」にも黎明期から関わっています。2012年、下北沢オープンソースCafeにいた友人たちと一緒に立ち上げた「CoderDojo」は、現在は全国に222カ所以上ある大きなコミュニティとなっています。
私は公式日本法人「CoderDojo Japan」の代表理事として、国内外のさまざまな法人が「CoderDojo」コミュニティと提携できる仕組みづくりを担当しています。2021年4月には、株式会社ポケモンと「CoderDojo Japan」との取り組みも発表されました。今は全国の道場で、教育用プログラミング言語「Scratch」を使ってポケモンのキャラクターを動かす体験ができます。やはりキャラクターの力はすごいですね。「ポケモンを動かしてみたい」と参加者が増え、より多様な方が「CoderDojo」コミュニティに入りやすくなったように感じています。
――学生起業を経験されていますが、もともと起業は予定されていましたか?
安川さん:起業は意識していませんでしたが、「自分達が生み出したプロダクトで、誰かの役に立ちたい」という想いは持っていました。大学1年時から毎年プロジェクトを立ち上げては閉じたりと、さまざまな経験を積みました。当時のプロジェクトはYouTubeからも公開しています。
転機になったのは、東日本大震災の発生を機に開発し、翌日リリースした「Whistle on Android」という震災対策アプリです。スマートフォン上のホイッスルをタップすると笛の音が鳴り続けるアプリで、友人たちと「自分たちの技術で、役に立てることはないか」とつくりました。登山では緊急時への対策としてホイッスルがよく使われるのですが、普段持ち歩いている方はほとんどいませんよね。スマホのアプリであれば、建物やがれきの中に閉じ込められても起動できる可能性がある。声を上げ続けることなく、助けを呼べます。
30行ほどのコードでできたシンプルなアプリですが、これがヒットしたんです。それがきっかけで個人としてお仕事をいただけるようになり、自然と起業という形になりました。その後、Railsチュートリアルなどを立ち上げ、権利関係の集約や法人間の契約で事業をもっと伸ばせると感じ、2018年1月に法人成りしました。
――では、起業して大変だったことをお聞かせください。
安川さん:新しいことを始めると、大変なことも常に付いてくるように感じます。例えば受注業務から自社プロダクトを活用する事業に切り替えたときも、さまざまな波がありました。受注業務の場合、クライアントが既にビジネスモデルを検証済みなので、10を100にするような仕事が重宝されます。
一方、自社プロダクトの事業では、0を1にする仕事が求められます。そのビジネスが1になるかどうかは誰も保証してくれないし、頑張って作ってもユーザーがお金を払ってくれるとは限りません。ユーザーの動きを意識しながら、「何に対していくらお金を払ってくれるか」、「それを検証できる最短の方法は何か」を常に考え、手を動かし続けます。10を100にする仕事、0を1にする仕事の違いを理解するのに時間もかかりました。また、仕事のやり方が変わったことに困惑した社員もいたと思います。そういった変化の波を1つずつ乗り越えていくことが、新しいことを始めたときの大変さですね。
――CASE Shinjukuの存在を知られたのは、プレオープンの頃からだったそうですね。
安川さん:そうなんです。もともと早稲田大学近辺でよく仕事をしていたので、高田馬場にコワーキングスペースができると知ってすぐ見学しに行きました。100坪以上あるフロアに椅子と机がまだ1つずつしかない空間、そこで森下さんと一時間ほど話し込んだことを今でも覚えています。
森下さん:結構話しましたね。初対面なのに(笑)。
安川さん:そのときのワクワク感が、CASE Shinjukuに入居を決めた理由のひとつです。自分が新しいことを始めるときは、同じように新しいことに挑戦する人と一緒にいたい。それぞれが乗り越えるべき波は異なりますが、その感覚を共有できる人がいるのは心強いです。
YassLabは創業当時から100%リモートワークを意識していたので、大きなオフィスは必要ではありませんし、オフィスの移転コストも比較的小さいです。それでも、7年以上お世話になっているのは、CASE Shinjukuと共に成長できる手応えがあるからだと思います。
森下さん:その気持ちがうれしいですよね。安川さんたちにはなかなか追いつけませんが、わたしたち運営側も一緒に成長したいと思っています。
――安川さんがCASE Shinjukuに入居してよかったなと感じられたことはありますか?
安川さん: CASE Shinjukuをハブとしてさまざまな業界のプレイヤーと繋がりやすい環境は面白いですね。例えばCASE Shinjukuを通してJR東日本の「東京感動線」という企画に参加しましたが、普段何気なく利用している仕組みの裏側を考える癖がつきました。
森下さん:CASE ShinjukuにはIT系のメンバーさんが多いのですが、イラストレーター、デザイナーなどクリエイター、高田馬場という土地柄なのか、出版などに関わる編集者、作家、漫画家の方、またエンタメ系の方も多いですね。
安川さん:ふと話した人が、自分が小学生の頃に読んでいた漫画の原作者だったりして、驚くこともあります(笑)。
――CASE Shinjukuでは、メンバーさんにどんなサポートをされていますか?
森下さん:昨年から特に気をつけているのは、補助金や助成金の情報提供をこまめに行うことです。メンバーさんのビジネスを少しでもサポートしたいですし、その情報とは関係のないメンバーさんにも「何かあったら、マネージャーに相談できるんだ」と安心してもらいたい。そんな想いで続けています。
安川さん:そういった情報はアンテナを張っていないと見逃してしまいがちなので、メンバーさんも心強かったと思います。あと「高田馬場経済新聞」の話もあるじゃないですか。
森下さん:話題を振ってくれた(笑)。2018年、当社で「高田馬場経済新聞」というローカルウェブメディアをはじめました。高田馬場・早稲田エリアの方に有益なニュースを発信するメディアで、メンバーさんの広報活動の支援をしたいと思ったんです。メンバーさんが新しいサービスやプロダクトをリリースされるときに拡散のお手伝いができればうれしいです。
でも、今日は運営側の一方的なサポートではなく、シェアオフィスならではの「持ち寄り」についてお話ししたいのですが、いいですか?
――もちろんです、ぜひ。
森下さん:シェアオフィスは、場所のシェアだけでなく、メンバーさんの活動や学びが自然と持ち寄られて、自然とシェアされるところが魅力だと思っているんです。運営側が持ってきた情報をメンバーさんにシェアすることもありますし、メンバーさんの活動を目の当たりにして運営側が学ぶこともたくさんあります。
たとえば、今でこそリモートワークは浸透しつつありますが、安川さんはCASE Shinjuku入居前からリモートワークを取り入れていました。彼から「こういう働き方があるんだ」と教わり、私が他のメンバーさんにリモートワークについて話したことで、他のメンバーさんの働き方も変化したこともありました。すぐそばに、自分の知らない世界で頑張っている人がいる。メンバーさんと話して、思いも寄らない気づきを贈り合う。それもすごくいい「持ち寄り」だと思います。
――メンバーさん同士の交流を促す「仕組み」のようなものはありますか?
森下さん:決まった「仕組み」はつくっていないんです。自分のビジネスに集中したくて入居されている方がほとんどなので、メンバーさんの仕事の手を止めてご紹介したりはしません。ただ、仕事の合間にメンバーさん同士で会話したり、私も混ざって雑談したりという機会はありますね。
安川さん:私は、CASE Shinjukuの「自然な空気感」が気に入っています。「みんな仲良くなってコラボしよう!」などと無理につながりをつくろうとすると、本業に集中したい人にとっては逆効果になりそうで……。
森下さん:そうですね。ただ、今は「雑談ロス」であるとは感じていて、新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着いたら、コロナ禍前のようにランチ会やお茶会など、いろいろな形でメンバーさん同士が気軽に話せる場をつくりたいと思っています。
雑談から、時代の流れを知ったり、事業のヒントを得たりすることはめずらしくありません。ネット上に有益な情報が転がっていても、自分と関係のないことと思えば目に入って来ませんが、ふとした会話や、他のメンバーさんの雑談が耳に入るだけで、行動するきっかけになります。「雑談ロス」は、感情的な喪失感はもちろん、メンバーさんの事業発展にも損失があると感じています。
【コロナ禍前は、ランチ会やパーティーなど食事をしながら交流する場を大切にしていた】
――最後に、森下さんから「起業を目指す方に伝えたいこと」をお聞かせください。
森下さん:自分が運営者だからというわけではなく、「飲食業以外は、まずコワーキングスペースから始めるといいですよ!」とお伝えしたいですね。
コワーキングスペースやシェアオフィスには、先輩創業者がたくさんいます。業界が違っても、創業者は共通した悩みを抱え、解決しながら歩んでいる。そういった先輩に気軽に話を訊けるので、創業者にとってはプラスではないかと思っています。
CASE Shinjukuでは、この場所と高田馬場経済新聞を通じ、近隣の企業経営者や学生さんとの交流も生まれています。高田馬場は学生街として知られていますが、起業の街でもあります。カリフォルニアのシリコンバレーにならい「バババレー構想」と名付けて、「起業の街」をもっとアピールしていきたいと思っています。多様で素敵な人たちが出会って話して、何かが生まれる場になるように頑張っていきたいです。
安川さん:創業者の悩みは共感されづらく、悩んで心身の健康が損なわれると社員にも会社にもユーザーにも悪影響が連鎖します。そういった意味でも、起業家が集まっているのは精神衛生上いいかもしれませんね。
森下さん:そうですね。創業するといいことも悪いことも起きます。「あのメンバーさんよく見かけるな。ここに来て頑張っているんだな」と、存在を感じ合うだけでも励まされるようです。人目がある方が頑張れるという方も多いですね。
――では、安川さんがこの先取り組みたいことについても教えてください。
安川さん:次の目標は、社員研修の担当者が抱える悩みを仕組みで解決することです。私自身が研修を受け持ったり、受講生にヒアリングしながらできた研修支援サービスが、2021年2月にリリースされました。研修担当者の金銭的・時間的負担を減らしつつ、受講者にとっても良い学習体験が提供できます。お気軽に資料請求していただけると嬉しいです。
――創業を考えている方にメッセージをお願いします。
安川さん:大きなトラブルなど困難な局面で頼りになるのは、心と体の健康です。運動や食生活、睡眠時間などに気を配り、ぜひ心身の健康を大切にしてください。
時々、自分が「有名IT企業で働く姿」を思い描くと、それも悪くないなと思うことがあります。すべての人に「起業が最高」とは言えませんし、起業と就業を行き来するキャリアもあると思います。
新規事業がすぐに成功することは稀で、基本は「試して学ぶ」の繰り返しです。ユーザーやデータの動きに注目し、よりよい試みを常に考え、ヒットするまで繰り返します。泥臭いかもしれませんが、こういった仕事が私には苦ではなかったんです。もし同じような感覚をお持ちであれば、起業が合っているかもしれません。