インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-
株式会社ティーエムダイレクト

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創業者と、インキュベーション施設のマネージャーのお話を通じ、「インキュベーション施設を拠点にビジネスをすると、どんなことが起きるのか」を具体的に探るインタビュー。

今回は、空きスペースを活用した農業で「持続可能な食料生産」を行い、世界のフードシステムを変革しようと研究開発を続ける松尾 大(ひろし)さんと、松尾さんが入居されている『白鬚西R&Dセンター』のインキュベーションマネージャーの児山 一雄さんにお話を伺います。

白鬚西R&Dセンターを利用する 先輩起業家 松尾 大さんのストーリー

白鬚西R&Dセンターは、2007年に荒川区南千住に開設された東京都の研究開発型創業支援施設。ものづくり系ベンチャー企業や、第二創業を志す個人の方が入居されています。松尾さんは、2020年12月に白鬚西R&Dセンターへ入居し、新規事業の拠点とされています。

白鬚西R&Dセンターに関する施設概要はこちらをご覧ください。

松尾さんプロフィール

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-松尾 大

株式会社ティーエムダイレクト 代表取締役 松尾 大 氏
1974年生まれ。東京都出身。ライオン㈱で7年間勤務した後、通販会社の㈱JIMOSへ転職。超高齢化する日本の農業の事実を知り、2007年にアグリベンチャーへ転身。大分と北海道で施設栽培と大規模農業に触れる。その時の経験から持続可能な農業を模索し続け、通販支援による地域活性を目指す㈱ティーダイレクトへ入社。同じ時期に不耕起栽培を始める。2019年7月に人類が持続可能な食料生産を実現するため「サスティナブル・フーズ・サプライヤーズTM」プロジェクトを企業内起業として開始。

児山さんプロフィール

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-児山 一雄

白鬚西R&Dセンター インキュベーションマネージャー 児山 一雄 氏
1964年生まれ。愛媛県出身。商工中金(㈱商工組合中央金庫)で勤務した後、ZMCコンサルティング 児山中小企業診断士事務所を立ち上げ、独立(中小企業診断士、高度情報処理技術者(システム監査技術者、ITストラテジストほか))。“企業の悩みと個人の不安を減らす”をモットーに中小企業の経営支援にあたる。2020年より白鬚西R&Dセンター インキュベーションマネージャーに就任し、センター入居企業をソフト面から支援中。

「職食近接・食住近接」を実現する「マイクロ・ファームTM

――最初に、松尾さんが力を入れていらっしゃる新規事業「サスティナブル・フーズ・サプライヤーズTM事業」について教えてください。

松尾さん:サスティナブル・フーズ・サプライヤーズTM事業は、空きスペースを活用し、環境負荷の少ない「循環型で持続可能な食料生産」を行うことを目的とした事業です。具体的には、空き家やオフィスの空きスペースに「マイクロ・ファームTM」と呼んでいるボックスを設置し、作物の栽培に適した環境をつくりだすハードウエアをプログラムで制御しながら水耕栽培を行います。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-松尾さん

「人が食べること」は、想像以上に地球環境に負荷をかける行為です。土地も水も大量に必要ですし、肥料をつくるために化石燃料も消費します(植物の成長に欠かせない窒素肥料を製造する過程で、天然ガス、ナフサなどの化石燃料が必要になる)。今後も世界の人口が増えるのは明らかなので農業に必要なさまざまなリソースを最小限に抑えて循環させなければ、今までのように人が食べていくことはできない。そこで考えついたのが「マイクロ・ファームTM」です。
土地を無理に開墾しなくても、空きスペースを活用すればいい。都心には怖いくらいにビルが林立していますが、コロナ禍を経てすでに空室も出ていますし、テレワークの影響でオフィス空間にも余裕が出ています。空き家問題は地方だけでなく、東京でも避けられないはずです。

マイクロ・ファームTMの場合、水も大切に使えます。世界中で使われる真水の約70%が農業用水として使われていますが、マイクロ・ファームTMでも取り入れている水耕栽培は、従来型農業と比べて水の使用量が70~95%減ると言われています。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-松尾さんと施設

[施設居室の天井は高く、資材類の設営にも有効活用できていると話す松尾代表]

農業に適した環境を日常の「すき間」につくり、もっと気軽に、もっと身近で、そしてみんなで食料を生み出したい。これが、サスティナブル・フーズ・サプライヤーズTM事業の根幹にある想いです。

――大型の植物プラントではなく、マイクロ・ファームTMに着目されたのはなぜでしょうか。

松尾さん:スペースの有効活用という側面はもちろん、農業に十数年携わる中で、初期投資が多額であるほど、事業を続けるのが難しいと感じたことが理由ですね。植物工場の建設には数億円が必要です。投資分を短期的に回収しようと作物を大量生産して出荷すると、当然ながら単価が下がり、儲からないから続けられない。ジレンマですね。
それなら初期投資は小さくして、近場の空きスペースで自分たちの食べ物を生み出したいと思ったんです。近年、「職住近接」の流れが起きていますよね。私は「職食近接」や「食住近接」を実現したい。好きなタイミングで新鮮な作物が食べられますし、運送にかかる時間やエネルギーが減ります。食べる分だけつくるのでフードロスも減ります。近年の異常気象や気候変動の影響も受けないので、厳しい気候の土地でも食料の心配をしなくて済みます。マイクロ・ファームTMひとつで、様々な社会課題を解決できると信じています。

限られた資源を循環しながら食料生産できる農業を確立したい

――サスティナブル・フーズ・サプライヤーズTM事業を立ち上げた動機について、ぜひお聞かせください。

松尾さん:14年ほど前に世界の人口が増え続けている現実を知り、「このままでは、人々が食べるものがなくなって争いごとが起きてしまうのでは?」と不安に駆られたことがきっかけです。人口増加国にとっては食料確保が喫緊の課題。日本の人口は減少フェーズに入っていますが、食料自給率は低く、農業の担い手は超高齢化しています。
現時点の日本には、海外から食べ物を買える経済力がある。しかし、お金を積んだところで、人口が増加している食料生産国が今まで通り食料輸出を続けてくれる保証はありません。異常気象が続き、やむなく食料輸入が止まることもあり得ます。気候変動のリスクについても知っていたので、未来への危機感が募り、まずは食べ物ができる現場を知りたいと、30代前半で農業の世界に飛び込みました。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-松尾さん縦長

――入社された農業ベンチャーでは、どんなことに取り組まれましたか?

大分に飛び、バラバラに分かれた圃場での甘藷(サツマイモ)の露地栽培、トマトの施設栽培、ピーマンのトンネル栽培と多様な栽培方法に取り組み、ノウハウを体系化できないかと日々苦闘しました。その後、北海道での大規模農業を経験して経営面も見ていたのですが、食という人間にとって一番重要な仕事をしているのに関わらず、日本の農家さんの大半が経済的成功を収めることは難しいという事実に直面しました。

農業はたとえ品質が良いものをたくさん作ったとしても儲からないことが多々あります。工夫を重ねて、味の良いトウモロコシがたくさん採れたとします。しかし、たくさん採れても生鮮品はすぐ出荷しなければなりません。昨日は85円だった単価が、他の地域から大量の出荷があることで「今日は数が多いから25円」と変動することはざらで、そうなると出荷しても赤字です。努力の結果もたらされるものが赤字というのは、やっていて本当にむなしい。
では、規模を拡大して効率化すればいいと大規模農業を志向しても、広い農地で単一の作物をつくると、病気の被害を受けやすくなるといった別の問題が出てきます。もちろん成功する農家さんはいますが、やれば誰でも儲かるといった簡単なものではありません。更に、大量の肥料や農薬に頼らざるを得ない従来型農業や工業的な大規模農業は、持続可能な食料生産の形ではないかもしれないと感じ始めていました。

そのため現在の親会社への転職と同時に、実家の近くに畑を借りて、10年ほど多品種での不耕起栽培(農地を耕さず作物を栽培する農法で、土地の劣化が進みにくい)に取り組みました。私の腕のなさもあり、明らかに作物の収穫量が少ない(笑)。たとえ持続可能な農法でも、収穫量が少なければ世界中の人々を食べさせることはできない。そして、異常気象や気候変動による収穫への影響は避けられない。といったことから「この先、食べられなくなる」という危機感に対する答えにはならなかったんです。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-野菜
インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-大根

[松尾代表が不耕栽培に挑戦した際の記録写真。野菜は不揃いで収穫量も少なかった]

――そのご経験から生まれた答えが、マイクロ・ファームTMだったんですね。

そうですね。誰もが続けられて、資源の無駄を極力少なくした食料生産方法だと思っています。自分の身近で食料をつくるようになると、農業の難しさ、食の大切さにも気付けます。人口が増えても、みんな美味しいものを食べて幸せに生きられる世界にしたいんです。

「ものづくり創業を応援する場」に一目惚れ。白鬚西R&Dセンターの魅力

――松尾さんが起業してよかったと感じること、大変だったことについて教えてください。

課題について考え抜き、すぐ行動に移せることは起業して味わえた充実感です。動き出したことで、新たな知識や経験を身に着ける必要に迫られ、自分の守備範囲が広がるのも面白いです。今は、触ったこともなかった3Dプリンターでファームのパーツをつくったりしていて、何屋なのかわからなくなってきました(笑)。
大変だと感じるのは、これまでにない経営感覚が求められる場面です。研究開発のための先行投資が必要な事業に取り組むのは初めてで、借金前提の経営には今も不安がありますね。私の歳ですと気候変動のリスクよりか経営破綻のリスクの方が大きいですから、成功しないとそれこそ食べられなくなりますね(笑)。

――白鬚西R&Dセンターに入居を決めた理由は、どのようなところにありましたか?

松尾さん:新規事業に必要な条件がすべて揃っていたんです。マイクロ・ファームTMを研究開発するに適した広々とした空間があり、栽培に必要な水をすぐに使える。加えて賃料も手頃。わたしたちは、マイクロ・ファームTMを複数設置し、栽培データをとって機械学習をする必要がありました。農業は、基本的に1年1回しか結果が出ないため、環境を変えたテストが難しい。ここなら、複数のテストができると感じました。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-施設のみ

児山さん:白鬚西R&Dセンターの応募には事前の施設見学が必須です。見学時から、松尾さんには「入居したい」という強い意志を感じました。審査会のプレゼンも熱かったですね(笑)。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-松尾さんと児山さん

――入居してよかったと感じられたことはありますか?

松尾さん:一目惚れしただけあって、スペースの使い勝手が最高です。天井も高いですし、スペースの真横に車を横付けできるので搬入も楽でした。ホームセンターも近くて、ものづくり系スタートアップには恵まれた環境だと思います。もうひとつは、インキュベーションマネージャーからさまざまなアドバイスをもらえるところです。設備投資に必要な補助金について教えてくださって助かりました。

――白鬚西R&Dセンターでは、入居者の方にどんなサポートをされていますか?

児山さん:経営面のサポートには力を入れており、経営相談会も月1回行っています。人事労務、財務会計等の専門家をお招きして入居者に対するアドバイスや情報提供を行っています。スタートアップ期の企業の主なお悩みは、資金不足、人手不足に集約されます。それらを解決するための情報提供を行うとともに、親身になって相談に乗っています。センターには、月10日程度、インキュベーションマネージャーが在席しています。

松尾さん:ものづくり補助金等、支援制度のご案内もいただけて助かりました。無事採択され、開発のスピード感が上がることがうれしいです。また、補助金の申請を通してビジネスモデルも固まり、長期的な視点を持てるようになりました。

児山さん:松尾さんは素晴らしい行動力の持ち主なんですよ。正直、ものづくり補助金はタイミング的に難しいと思ったのですが、「すぐやってみます」と動き出し、見事に採択されました。さらに、補助金を交付されてほっとひと息ついてしまう事業者さんもいる中で、松尾さんは全然立ち止まらない。次々と新たなステージに進まれるので、サポートし甲斐があります。白鬚西R&Dセンターは入居期間が5年間と決まっています。この先も、トップを陰ながら支える番頭さんのような存在でありたいですね。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-児山さん
この場所で大切に育てた「日本発モデル」で世界を変えたい

――児山さんが「伸びるベンチャー企業」に感じる共通点はありますか?

児山さん:情報発信力のある企業は伸びるスピードが速いと感じます。マスメディアの活用はもちろん、SNSや動画での発信に力を入れることで事業の魅力が多くの方に伝わり、チャンスをつかみやすいのではないかと思います。また、伸びている企業は成長段階に合わせた支援を上手く活用しています。今は新型コロナの影響でなかなか交流の場がつくれていませんが、入居者同士で情報交換したり、協力することで成長スピードを高めているケースもあります。

松尾さん:確かに、同時期に入居した方とお昼時に偶然会って、問題意識やコンセプトを話したところ、初対面ながら「将来的にこんな場面で協力しあえそうだ」とすぐに盛り上がりました。偶然の機会でも建設的な話ができたので、もっと多くの方とご縁ができたらうれしいです。以前は入居時に挨拶まわりをしたり、懇親会を開いていたと伺ったので、今後に期待しています。

児山さん:白鬚西R&Dセンターには、ものづくり系の起業家やITスキルを持った起業家が集まっています。年代はかなり幅広く、大志を持った若者も入居していますし、大企業をスピンオフして第2創業をされるシニアの方もいらっしゃいます。松尾さんのように「持続可能な開発目標(SDGs)」を意識したビジネスに熱意を燃やす起業家にもぜひ入居してほしいですね。業種が違っても、方向性や理念が近ければ、予想外のコラボレーションも生まれやすいと思います。

松尾さん:わたしたちの事業は、ITや機械、農業と幅広い知識が必要になります。仲間と夢を追う「下町ロケット」みたいな世界に憧れがあって(笑)、さまざまな専門家と知り合いたいですね。

――では、松尾さんがこの先取り組みたいことについて教えてください。

松尾さん:まずは、マイクロ・ファームTMのベータ版を完成させることです。そして、気候や栽培品目に適した環境を提供できるよう、マイクロ・ファームTMの設置場所を増やし、栽培データを集めて製品の改善を続けます。
先程、児山さんからお話が出ましたが、SDGsの目標のひとつである「気候変動に具体的な対策を」への自分なりの回答が、マイクロ・ファームTMを足掛かりとして「循環型かつ持続可能な食料生産体制をつくること」なんです。品質の伴ったマイクロ・ファームTMを広め、世界のフードシステムをこの東京から変えたい。事業が拡大すれば大豆などのタンパク源をつくり、環境負荷が高い畜産業が抱える課題も解決したい。収益が出たら、その一部を森林や海洋保全のために投資して、地球環境に還元したい。そんなことを真剣に考えています。

実は、マイクロ・ファームTMの他に、「オフィス・ファームTM」「スペース・ファームTM」という言葉を商標登録しています。オフィス・ファームTMには文字通りオフィスの隙間に導入してほしいという想いを込めていて、スペース・ファームTMには、空間のスペースと宇宙のスペースという2つの意味を込めています。限られた空間で資源を循環させるファームができれば、宇宙でも食べ物をつくれるはず。自分がいなくなっても、人類が地球を脱出する日が来ても……新天地で美味しいものを食べられる世界であってほしいんです。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-松尾さんと児山さん

株式会社ティーエムダイレクト

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岡島 梓

ライター 岡島 梓

150名を超える経営層・事業家へのインタビューを行い、ビジネス系メディアでの執筆多数。記事の作成、キャッチコピーの開発を通じ、取材対象者の思いや魅力を伝わりやすく再構築している。
早稲田大学第一文学部卒業後、2007年東京地下鉄株式会社へ入社。人事業務に従事し、退職後にライターとして活動。2020年、インタビュアーとグラフィッカーがお客さまの思考の言語化をサポートする「ビジュアルインタビュー」をスタート。

※本レポートは、対談実施当時の情報を、レポートとして掲載したものです。実際に施設のご利用をされる場合は、各施設にお問い合わせください。