インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ
Beyond BioLAB TOKYO編

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創業者と、インキュベーション施設のマネージャー(以下IM)のお話を通じ、「インキュベーション施設を拠点にビジネスをすると、どんなことが起きるのか」を具体的に探るインタビュー。
今回は、株式会社IDDK 代表取締役 上野宗一郎さんと、上野さんが入居される東京都認定インキュベーション施設『Beyond BioLAB TOKYO』のシェアラボマネージャー 杉崎麻友さん、インキュベーショングループリーダーの五十嵐 晶さんにお話を伺います。

Beyond BioLAB TOKYOを利用する 先輩起業家 上野宗一郎さんのストーリー

日本橋に位置するBeyond BioLAB TOKYOは、スタートアップへの出資・支援事業を行うBeyond Next Venturesが運営する都内初のシェア型ウェットラボ※。2019年2月の開設以来、累計32社のスタートアップ企業・研究チームが利用し、利用者(卒業生含む)の資金調達額は累計32億円以上、事業提携は52件、特許の取得は14件という成果を上げています。上野さんは2019年10月に入居し、事業の拡大に取り組まれています。

※ウェットラボ 生物学や物理学、化学の実験を、装置や薬品を用いて実際に行うことができる研究施設。

上野さんプロフィール

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-上野宗一郎

株式会社IDDK 代表取締役 上野 宗一郎 氏
人工衛星で使われるハイパースペクトルカメラ(光学技術)の研究で大学発ベンチャーを立ち上げた後、株式会社東芝に入社。個人で研究を続ける傍ら、東芝で半導体イメージセンサーの開発者として従事する中で、顕微観察技術(MID:マイクロイメージングデバイス)を発明。東芝からのスピンアウトベンチャーとして株式会社IDDKを設立し、顕微観察の新しい扉を開いた。

杉崎さんプロフィール

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-杉崎麻友

Beyond BioLAB TOKYOシェアラボマネージャー 杉崎 麻友 氏
北海道大学農学部卒、東京大学大学院修了。2018年にBeyond Next Venturesに入社し、シェアラボの立ち上げから運営・管理を務める。細胞農業(細胞培養による生産技術)の社会実装に向けた普及活動をおこなうNPO法人日本細胞農業協会にてプロジェクトを企画・実施する傍ら、自宅で細胞培養実験をするなどDIYバイオにも勤しむ。

五十嵐さんプロフィール

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-五十嵐 晶

Beyond BioLAB TOKYOグループリーダー 五十嵐 晶 氏
慶應義塾大学環境情報学部卒業。銀行勤務後、産学連携を目指す法人の立ち上げや研究・インキュベーション施設の立ち上げなどに携わる。その後、JST、株式会社ケイエスピーにてスタートアップ支援にも関わり、2018年にBeyond Next Venturesに入社。Beyond BioLAB TOKYOの立ち上げ、運営、ラボ利用者や出資先の事業化支援を担当。

「いつでも どこでも だれでも使える顕微技術」でより良い未来を拓きたい

――上野さんが開発された「MID(エムアイディー)」について教えてください。

上野さん:「MID」は、Micro Imaging Deviceの略称で、光学系を使わない、新しい顕微観察手法です。光学系とは、光の反射や屈折などの性質を利用して物体の像をつくったり、集光したりする器具や装置のこと。レンズで像を拡大する従来の顕微鏡は光学系です。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-上野さん

「MID」を使うと、細かなメッシュ状のイメージセンサーで対象物をとらえることで、顕微観察ができます。イメージセンサーは、半導体技術を使い、光を感知する素子をメッシュ状に並べてつくられていて、光を重ね合わせることで顕微画像が得られるのです。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-上野さん

https://iddk.co.jp/app-def/S-102/iddk_wp/?page_id=797

――従来の顕微鏡と「MID」とでは、仕組み以外にどんな点が異なりますか?

上野さん:「MID」の魅力は、ワンチップで顕微観察できる操作性。こちらは、BtoC向けに開発した「Aminome」という名前の顕微観察装置で、USBスティックに備えられたチップの上に観察したいものを置くだけで顕微観察ができます。パソコンのUSBポートにスティックを挿して専用ソフトを起動すると、パソコンの画面に画像が映し出されます。レンズのようにピント合わせも必要なく、見たいものを載せるだけという気軽さが「MID」らしさです。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-上野さん

https://iddk.co.jp/app-def/S-102/iddk_wp/?page_id=3385

また、いろいろな環境で使えることも特徴で、水中や高湿度空間、宇宙空間での活用も可能です。研究者が一般的に使う顕微鏡と同等の観察能力を持ちながら、持ち運びも楽で、屋外でも使いやすい。水辺に持って行って、池の水を一滴「MID」に載せ、生きたプランクトンの画像を見るといったことが簡単にできます。観察対象をその場で調べられるというメリットを活かし、水質管理や品質管理の場面で使われることも増えていますね。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-上野さん

株式会社IDDKという社名は、MIDの特徴である「いつでも どこでも だれでも使える 顕微観察」の頭文字から名付けました。顕微観察技術の活躍シーンを増やすこの技術が、世界中の人々のより良い未来の一助になるようにという願いを込めています。

――社名にはそのような想いが込められていたんですね。では、株式会社IDDKを創設される際、受けられたサポートなどはありますか?

上野さん:実は、起業のタイミングをはかっていた2016年の年末にTOKYO創業ステーションの「(現)TOKYO起業塾」で学び、「Startup Hub Tokyo」のプレオープンイベントにも参加しました。「Startup Hub Tokyo」は、起業についてフランクに相談できる場。オープン直後からコンシェルジュの方に相談し、法人化に踏み切る際も、アドバイスをいただきました。

東京・日本橋だからこそ。多彩なコミュニケーションが生まれるラボ

――TOKYO創業ステーションを活用してくださっていたと伺い、とても光栄です。
起業後、Beyond BioLAB TOKYOに入居を決められた理由はどんなところにありましたか?

上野さん:もともと、こちらを運営されているベンチャーキャピタル(VC)「Beyond Next Ventures」に投資してもらえないかな……という想いがあって(笑)、 お話ししていたVCの担当者さんから「今度、日本橋にラボをつくるんですよ」と教わり、見学したことがきっかけです。

実験設備が整ったウェットラボは、郊外や大学内に設置されることが多いので、日本橋という立地にはとにかく驚きました。ラボには、お客様に技術や製品を見ていただきながらお話しできるスペースがあるので、その場で共同開発のお話をいただけたこともあります。幅広い分野の方とコミュニケーションが取りやすいのは、この立地のおかげだと思います。「ぜひ、一度見にいらしてください!」と気兼ねなく言えるのはありがたいです。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-松尾さん縦長

https://www.tokyo-sogyo-net.metro.tokyo.lg.jp/incu_office/nintei/c_beyond_biolab_tokyo.html

杉崎さん:研究開発の場とビジネスの場が近いと、効率的に事業を進められますよね。さらに、日本橋は、多数の製薬会社やライフサイエンス分野の企業、大学が拠点を構えているエリア。利便性の高さはもちろん、専門家との交流機会が生まれやすいのも特徴です。ラボ入居者の8割がベンチャー企業ですが、個人で入居されている方もいますし、大企業の新規事業の立ち上げの拠点としても使われています。様々な属性の方とつながりが生まれやすい環境です。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-杉崎さん

上野さん:ラボの入居者さんや周辺企業の方と仲良くなると、単純に楽しいです(笑)。これまで出会わなかったバイオ分野の専門家と会話すると、普段どんなことを考えていて、どんなことで困っているのかを知ることができる。それだけでも、事業を進める上でプラスになります。コロナ禍で一時ストップしましたが、ネットワークが自然と広がるイベントや入居者の交流会も復活してきていますよね。

杉崎さん:やっとですね。この先の社会情勢も注視しながら、入居者さんのご紹介をするウェビナーと小規模の懇親会を近々開く予定です。オンラインとオフラインを組み合わせながら、交流を進めていきたいです。

五十嵐さん:コロナ前は朝活やランチ会も実施していました。ラボ周辺の会社の方も、出社前に朝活に参加されたり、お昼を食べながらラボの入居者さんと話し込む様子も見られました。所属の垣根を超えて交流することで、事業や仕事のヒントが得られることもあったようです。

ラボマネージャーのきめ細やかなサポートが最初の一歩を応援

――Beyond BioLAB TOKYOに入居して、このサポートはありがたかったと感じることはありますか?

上野さん:一番ありがたいのは、ラボマネージャーを始めとしたスタッフの方が丁寧に相談に乗ってくださることです。気になることや困りごとが出てきたとき、まずは訊いてみようと頼れる安心感があります。雑談ベースで壁打ちにも付き合っていただけます。

杉崎さん:ありがたいことに、入居者さんからは席に座る暇がないくらい様々なご相談をいただきます(笑)。

上野さん:バイオに関する知見が足りていなかったわたしたちが実験できるようになったのは、バイオ系の研究者でもある杉崎さんのアドバイスのおかげです。「今度、こんな実験をしたいと思っていて」と相談すると、留意点を事前に教えてもらえます。自治体によって取り決めが様々な廃棄物の適切な処理方法まで教われるので、安心して実験に取り組めます。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-バイオ

五十嵐さん:判断が難しいご相談は、ラボに設置されている「安全委員会」に謀り、外部の有識者を含めたアドバイザーの助言をもとに回答します。周りには飲食店やオフィスが多く、それらの方に暖かく受け入れていただくためにも、設立時から安全規程は細かく定め、安全第一で運営しています。少数精鋭のスタートアップが安全管理者を専任で置くのは非現実的。ぜひ、気軽に相談いただけたらと思っています。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-バイオ

https://www.tokyo-sogyo-net.metro.tokyo.lg.jp/incu_office/nintei/c_beyond_biolab_tokyo.html

上野:さらに、実験に使う共用機器が設備として整っていても、常に使える状態にメンテナンスされているかは別の話。こちらでは、ラボマネージャーがしっかり管理してくれているので、機器に関する多額のイニシャルコストもランニングコストもかけずに研究できます。この環境は恵まれすぎていて、次の拠点探しが難しいほど(苦笑)。Beyond BioLAB TOKYOが、スタートアップのシードステージ(起業から2年程度)を応援する場であると頭では理解しているのですが……。

杉崎さん:わたしたちのようなシェアラボや、箱型のインキュベーション施設はすでに存在していますが、その中間が不足しているんですよね。「事業が軌道には乗ってきたけど、まだ共用機器は使いたい」といった段階のスタートアップを受け止められるラボが増えてくると、成長のエコシステムがより整っていくと思います。

五十嵐さん:現状は、Beyond BioLAB TOKYOという幼稚園を卒業すると、移転先は大学しかないみたいな感じですよね(苦笑)。杉崎さんのような「ラボマネージャー」という職種が国内ではあまり確立されていないのですが、スタートアップが研究に集中できる環境をつくるためには必須だと思います。ラボマネージャーの存在意義が知られて増えていけば、ラボも増えて、よりよいスタートアップ支援ができそうですよね。

杉崎さん:理系学生の進路のひとつにラボマネージャーがあっていいと思うようになりました。ラボマネージャーをBeyond BioLAB TOKYOで育成したいですね。

上野さん:たしかに。ここで育ったラボマネージャーさんを週に1度でも派遣してもらえたら、私も卒業できますよ(笑)!

五十嵐さん:インタビュー中なのに、いいアイデア思いついちゃいましたね(笑)。こんな壁打ちから、事業発展のヒントが生まれたら素晴らしいですね。

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前に出てチャンスを掴み、人との縁を大切にすれば事業化の道は開ける

――Beyond BioLAB TOKYOでは、どんな方を、どのようにサポートされているかぜひ教えてください。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-女性2人

杉崎さん:わたしたちが全力で背中を押しているのは、シーズをどうにか事業化したいという意志を持ちながら、研究開発環境が整っていない方。初期費用を押さえながら、安全に研究開発ができる場を提供する以外にも、事業化に必要な人材のマッチング、資金調達に関する情報シェアといったサポートをしています。
さらに、運営母体のBeyond Next Venturesが提供するアクセラレーションプログラム「BRAVE」での支援可能性、出資可能性もありますし、スタートアップの成長フェーズに合わせた支援ができます。
研究開発が必要な起業を考えておられる方は、ぜひ気軽にご相談ください。ラボの見学も大歓迎です。

五十嵐さん:人材マッチングについては「ILP(Innovation Leaders Program)」というプログラムを持っていて、スタートアップと、経営参画に強い興味を持つ方をおつなぎしたりしています。成長フェーズごとに必要な人材は異なるので、ご相談いただければその都度お手伝いできるのも強みです。

それ以外にも、入居者さんに合いそうな事業やプログラムにお誘いしたり、国の事業に「一緒に参加しましょう」とお声がけして、協働することもあります。スタートアップの事業成長につながる機会をたくさん持っているので、積極的に使い倒してほしいですね。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-五十嵐さん

――機会や支援を「使い倒す」スタートアップが成長されているんですね。
ありがとうございます。では、株式会社IDDKの今後について教えていただけますか?

上野さん:今は「顕微観察装置」という共通のデバイスをつくっていますが、分野ごとに対する製品とサービスを提供したいですね。特に、バイオ・ライフサイエンス、宇宙、教育分野に注力し、具体的に「こんなことができるよ」という提案をしていきたいと思っています。
2021年10月には、2023年の打ち上げを目指して開発中の小型人工衛星に、「MID」を用いた小型バイオ実験環境を構築すべく、株式会社ElevationSpaceさんとの協業を開始しました。

――さまざまな分野で協業が実現しているんですね。この先の展開も楽しみです!
最後になりますが、上野さんは、㈱東芝からのスピンオフという形で起業を経験されています。
大企業で働きながら、いつか創業したいと思われている方に伝えたいことはありますか?

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-五十嵐さん

上野さん:まずは、社内でいろいろな部署の人に会いに行ってコミュニケーションをとることをおすすめします。大企業は部門ごとに専門家がいるようなもの。タダでその道のプロに会いに行けて、意見を交わしあえる環境は、実は得難いんです。起業しなかったとしても、アイデアを話すことで、社内で新規事業化が進むかもしれません。
いよいよ起業しようと決意されたなら、お取引先とのご縁も深めておくと心強いと思います。私自身、起業後にお取引先とのつながりに助けられたことが何度もあります。いくらアイデアがあっても、デバイス開発の場合は製造を担ってくれる方がいなければ形になりません。最初は会社を通してのつながりであっても、互いに深い話ができるような関係性を築くことが、起業の準備になるはずです。

株式会社IDDK
東京都江東区富岡1-12-8 アサヒビル309

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-株式会社IDDK

Beyond BioLAB TOKYO
東京都中央区日本橋本町2-3-11
日本橋ライフサイエンスビルディングB1F

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-Beyond BioLAB TOKYO

 
岡島 梓

ライター 岡島 梓

150名を超える経営層・事業家へのインタビューを行い、ビジネス系メディアでの執筆多数。記事の作成、キャッチコピーの開発を通じ、取材対象者の思いや魅力を伝わりやすく再構築している。
早稲田大学第一文学部卒業後、2007年東京地下鉄株式会社へ入社。人事業務に従事し、退職後にライターとして活動。2020年、インタビュアーとグラフィッカーがお客さまの思考の言語化をサポートする「ビジュアルインタビュー」をスタート。

※本レポートは、対談実施当時の情報を、レポートとして掲載したものです。実際に施設のご利用をされる場合は、各施設にお問い合わせください。