インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-
スタートアップしもきた 編

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創業者と、インキュベーション施設のマネージャーのお話を通じ、「インキュベーション施設を拠点にビジネスをすると、どんなことが起きるのか」を具体的に探るインタビュー。
今回は、2022年3月に起業された株式会社MAYK 代表取締役 原まゆみさんと、原さんが入居される東京都認定インキュベーション施設「スタートアップしもきた」のシニアインキュベーションマネージャー 佐々木基晴さん、そして、インキュベーションマネージャーであり、TOKYO創業ステーションTAMAでプランコンサルタントとして起業家にアドバイスを行っている武田 直也さんにお話を伺います。

スタートアップしもきたを利用する 先輩起業家 原まゆみさんのストーリー

スタートアップしもきたは、下北沢に90年近く拠点を構える金融機関「昭和信用金庫」が設立したインキュベーション施設。下北沢駅から徒歩3分という好立地にありながら、コワーキングスペースの利用料は月額11,000円という破格で、創業間もない起業家を応援します。原さんが入居されたのは2022年5月。主にビジネス関係者との打ち合わせ場所や作業スペースとして活用しています。

原さんプロフィール

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-原まゆみ

株式会社MAYK 代表取締役 原まゆみ
大学卒業後リクルート入社、PM業務を行う。その後サイバーエージェントでウェブデザイナーやアートディレクターとして活動。結婚を期に退職後、建築士事務所で設計補助業務を行いながら二級建築士とインテリアコーディネーターの資格を取得。その後オーダー家具ブランドのベンチャー企業にて、インテリアデザイナーとしてスタートアップから携わる。2021年子宮頸がんを患ったのをきっかけに、医療用帽子のブランドを立ち上げ、ヘアロス中の女性のQOL向上を目指したプロダクトを開発している。

佐々木さんプロフィール

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-佐々木基晴

スタートアップしもきた シニアインキュベーションマネージャー 佐々木基晴
1952年生まれ。山口県出身。金融機関勤務、会社経営、第三セクターインキュベーション立ち上げ・運営に携わる。金融・各種企画・組織開発・人材育成分野のコンサルティングに強みを持つ。スタートアップえびす/しもきたでは、特長あるスタートアップ同士、信用金庫取引先との化学反応による新事業創出を目指している。

武田さんプロフィール

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-武田 直也

スタートアップしもきた インキュベーションマネージャー
TOKYO創業ステーションTAMA プランコンサルタント 武田 直也

1987年生まれ。長野県出身。金融機関にて審査業務や中小企業支援の実務経験を積んだ後に、町田市の創業支援施設にてIMを務める。現在は当施設にてIMとして従事しつつ、創業ステーションTAMAにてプランコンサルタント、ベンチャー企業の事業マネージャーとして企画・営業の業務も行っている。創業時の事業計画策定支援や資金調達支援を専門としている。中小企業診断士。

闘病中も前向きに、自分らしくいられるアイテムを提供したい

――本日はお時間いただき、ありがとうございます。
最初に、株式会社MAYKの事業内容と、差し支えなければ起業の経緯をお聞かせいただけますか?

原さん:病気やその治療によって髪が抜けてしまう「ヘアロス」に悩む女性に向けた「医療用ウィッグ付き帽子」の開発と、そのD2C事業に取り組んでいます。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-原まゆみ

起業のきっかけは、2021年に子宮頸がんをわずらい、抗がん剤治療を行う中でヘアロスになったことです。「これ以上心配をかけないためにも、家族にヘアロスの状態を見られたくない」と、懸命にウィッグや帽子を探しましたが、安価なウィッグは明らかに偽物感が出ますし、人毛の高級ウィッグは数十万円するのに手入れが大変。帽子も、いかにも病人という雰囲気のニット帽などが多く、機能は満たしていてもお洒落アイテムとは言い難いものでした。

さらに、看護師さんから「『蒸れて不快だし、きつい締めつけで頭痛がする』と、ウィッグを装着しない患者さんが多い」と教わったことは、起業を後押しする出来事でした。悩んでいるのは私だけじゃない。付けていても快適で、闘病で沈みがちな女性を少しでも笑顔にできるお洒落なアイテムをつくりたい。その一心で、起業に踏み切りました。

――ご自身の経験から、起業を決断されたのですね。
では、MAYKの「医療用ウィッグ付き帽子」には、どんな特徴がありますか?

原さん:まず、ウィッグと帽子、それぞれのデメリットを解消できることが大きな特徴です。
ウィッグの短所は、締めつけが強く、メンテナンスが煩雑であること、そして、つむじがどうしても人工的で、頭も大きく見えるという点です。帽子については個人的な感覚ですが、画一的なデザインという短所を感じていました。

こういったデメリットを改善するため、デザイン性の高い帽子に、マジックテープで取り外し可能なウィッグをつける「ウィッグ」×「ケア帽子」の開発に着手しました。周囲に「バレない」ウィッグ付き帽子ということで、ブランド名は「BAREN」です。

――「BAREN」、ユーモアのある名前ですね! 今日お持ちいただいたスカーフ型のハットも、ターバンのようですごくお洒落です。

原さん:ありがとうございます。気持ちが明るくなるように、デザインには徹底的にこだわっています。また、スカーフは「ウィッグも帽子も苦手」というヘアロス経験者にぴったりのアイテムですが、巻くのに意外とコツがいります。闘病中で体力が落ちているときでも、一人で付けやすく、アレンジも簡単にできるデザインを心がけました。帽子に取り付けるウィッグは、高級ウィッグと同じ素材でつくっているので、自分の髪と見分けがつきません。「BAREN」をさっとかぶるだけで、すぐにご本人らしさを取り戻せます。

スカーフハットを被る女性

前で結んだり、そのまま後ろに垂らしてもかわいい。

――メンテナンスも楽になっているというのが、さらにうれしいですね。

原さん:丸洗いできて皺にならない速乾素材を求めていたので、帽子の生地選びには時間がかかりましたね。それでも、自身の経験から手入れのしやすさは絶対に譲れませんでした。

声を上げれば、多様なサポートを受けられる環境が創業者を支える

――では、創業後、「スタートアップしもきた」に入居される経緯について教えていただけますか?

原さん:武田さんにオンライン起業相談をさせていただいたとき、こちらを教えていただいたことがきっかけです。

武田さん: TOKYO創業ステーションTAMAのプランコンサルタントとして原さんの相談を受けたとき、アドバイスする余地がないほど整った事業計画書が出てきて、正直困ったなと思ったことを覚えています(笑)。あとは動き出すだけだと感じたので、「スタートアップしもきた」を拠点に活動してはどうかとご提案しました。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-武田さん

原さん:おすすめいただけてよかったです。自転車で通えますし、子どもがいて自宅での打ち合わせが難しいので、会議室を特に活用させていただいています。

スタートアップしもきた

――入居して約5ヶ月経ちましたが、このサポートはありがたかったと感じることはありますか?

原さん:マネージャーさんに「なにか、活用できる制度はありますか?」と質問したら、世田谷区の事業支援プログラム「SETA COLOR」の存在を教えてくださって、無事採択されました。自分では気付けなかった情報をいただけてありがたいです。質問すると、なんでも答えてくださる安心感がありますし、補助金申請など不慣れな部分もサポートいただけて助かっています。

また、昭和信用金庫さんと同じ建物ということもあって、金融のプロに相談しやすいこともありがたいです。信用金庫とお取引きのあるお客様や、関わりの深い保険会社の方とつなげてくださったりと、予想外のサポートもいただいています。

佐々木さん:質問上手な原さんは、まさに「伸びる起業家」の素質を備えているんですよ。起業家は、自分から行動することが求められます。良い情報や良い人との出会いを待つのではなく、自分から動いて掴んでいく。原さんは自然とそれができているので、今後が楽しみです。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-原さんと佐々木さん
「地域の役に立つ」という信念で生まれたインキュベーション施設

――続いて、「スタートアップしもきた」が生まれた経緯についてお聞かせいただけますか。

佐々木さん:「スタートアップしもきた」の運営主体は、下北沢を本店とし、地域とともに成長してきた昭和信用金庫。地域金融の円滑化に努めることはもちろんですが、地域のみなさんが楽しめるイベントを開いたり、地域行事にも参加して、大好きな街を応援してきました。
「スタートアップしもきた」を開設したのも、採算度外視で運営するのも、「地域で起業したい人、下北沢を盛り上げてくれる起業家をサポートし、地域に恩返しをする」という信念からです。

下北沢音楽祭

昭和信用金庫本店本部の駐車場スペースを会場の一部として下北沢音楽祭を開催

原さん:入居時に事業内容についてのプレゼン審査があるのですが、昭和信用金庫の理事長さんまで参加されていました。偉い方の登場で審査が厳しくなるのでは……と不安になりつつ、「起業家への支援を通して地域へ恩返しをしたい」という昭和信用金庫さんの姿勢は本物だと感じました。私も、事業を成長させていくことで、地域を盛り上げる一助になりたいと素直に思えました。

佐々木さん:IMとしては入居者さんの交流を促し、思わぬ化学反応を起こしたいという想いを持っています。私と武田さんは「スタートアップしもきた」と「スタートアップえびす」の2軒のインキュベーション施設のIMを兼務しているので、今後、2施設の入居者さんの交流を深める施策に取り組んでいきたいです。

武田さん:最近では、昭和信用金庫のお取引先である企業様から、新規事業の運営についてご相談を受ける機会も増えてきました。「スタートアップしもきた」の入居者の方、下北沢・世田谷エリアで創業を希望されている方、昭和信用金庫のお客様と幅広い方から相談を受けるので、化学反応が起こりそうなマッチングを増やしていきたいですね。

原さん:入居してみて、自分の知らない世界で頑張っている起業家に出会えたことで刺激を受けています。また、金融機関が運営する施設ということもあって、入居者さんが信頼できる方ばかりというのも、コミュニケーションをとりやすい要因です。

ヘアロスに悩む世界の人々に活力をもたらせる商品を、全力で届けたい

――では、IMのお二人が今後取り組んでいきたいことについてお聞かせください。

佐々木さん:事業規模にかかわらず、お客様を幸せにすることに徹底的にこだわれる起業家の方と積極的に出会い、支援していきたいです。「神は細部に宿る」という言葉を胸に、リリース間近の今なお、帽子の微調整を続けている原さんのように、これまでにないプロダクトやサービスの提供に情熱を燃やせる起業家の方に「スタートアップしもきた」への入居をおすすめしたいです。

武田さん:「スタートアップしもきた」は「お客様の役に立つ」という昭和信用金庫の信念のもと、本気の起業家をサポートできる場所です。個人としては、TOKYO創業ステーションTAMAと「スタートアップしもきた」での仕事を通して、多くの方が感じる「起業のハードル」を下げたいという想いを持っています。最初の一歩を応援し、多くの方が自分らしく活動できる社会をつくっていきたいですね。

インキュベーション施設を使う-起業ノカタチ-佐々木さんと武田さん

――続いて、MAYKの今後についてはいかがですか?

原さん:「BAREN」のアイテムを、越境ECで世界展開したいです。最初は、成人女性と女の子に向けたプロダクトをつくっていきますが、将来的には男性向けも手掛けていきたいです。ヘアロスに悩む世界中の人々を前向きな気持ちにできると信じ、頑張っていきたいと思います。

BARENを身につけたモデル

――最後に、創業を考えながら迷われている方に原さんからメッセージをいただけますか?

原さん:求めれば、起業に向けたサポートは手厚く受けられる時代。やりたいことは、全力でやってみた方がいい! とお伝えしたいです。私が起業に踏み切れたのは、周囲の支えはもちろん、病を得て死を間近に感じたことで「死んだ時、どんな人であったと思われたいか」を意識するようになったからです。私は、自分と同じくヘアロスで悩まれている方を笑顔にできた人であり、大切な家族を守ってきた人として記憶されたかった。株式会社MAYKという社名を、家族の名前の頭文字を組み合わせてつくったのも、そんな想いの現れかもしれません。
ある説によると、命の終わりを意識すると、人間のパフォーマンスは1.4倍も向上するそうです。「これに取り組まずに死んだら後悔する」ということがあれば、挑戦してみてください。

株式会社MAYK
東京都世田谷区北沢1-38-14 2F

スタートアップしもきた
世田谷区北沢1-38-14 しょうわ下北ビル2階

 
岡島 梓

ライター 岡島 梓

150名を超える経営層・事業家へのインタビューを行い、ビジネス系メディアでの執筆多数。記事の作成、キャッチコピーの開発を通じ、取材対象者の思いや魅力を伝わりやすく再構築している。
早稲田大学第一文学部卒業後、2007年東京地下鉄株式会社へ入社。人事業務に従事し、退職後にライターとして活動。2020年、インタビュアーとグラフィッカーがお客さまの思考の言語化をサポートする「ビジュアルインタビュー」をスタート。

※ 本レポートは、対談実施当時の情報を、レポートとして掲載したものです。実際に施設のご利用をされる場合は、各施設にお問い合わせください。
※認定インキュベーション施設は、優れた創業支援を行う計画を定めた施設を、東京都が認定した施設です。東京都中小企業振興公社は、認定インキュベーション施設のうち要件を満たす施設に対し、施設を整備する際の補助金などを交付し、事業の充実を支援しています。